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2009-02-24

記念すべき第1回目の交換は!?

もしもし、シンです。こんにちは。

わらしべ村

の村長です。

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わらしべ村とは・・・!?

僕が、派遣村に行った時に持っていた最後の砦の

198円・・・

(少しだけ持ち合わせあったのに、炊き出し食べてごめんなさい・・・)

その僕の思いの198にちなんで考えて、

1,980円を元に

いろいろな方のいらないものと交換を繰り返していき、

いいものにして、

最後は派遣村に還元するという企画。

多くの人を巻き込んでいきたかったから、

交換するものは投票で決めます。

交換に参加しない人も投票してほしいから。

ボランティアって時間に余裕がないとできない難しいものじゃなくって

一緒に助けあっていきたいという企画です。

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僕のわらしべ村企画、なんと、

社内で協力したいと同僚が言ってくれたんです!!

本当にありがとう、ございます。

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最初は、僕の手持ちの1,980円と交換ということなんですが・・・

彼女が用意してくれたのは、こちらです。

2,600円相当のキャンドルです:shock:

とっても貴重なものみたいです:roll:
・完全手作りのキャンドル

・レア(Candler☆akiのキャンドルの中で2個しかないうちの一つ)

・燃焼時間が長い

・ブラックライトを当てることで、星やバラが光る

・今後ブラックライト対応は当分発売する予定がないので、これを逃すともう入手が難しい

女性社員から「欲しい!欲しい!」との声が上がっていました。

てか、意外に大きいので結構重たいです。

女性にプレゼントしたら喜ばれそうです。

(欲しいなら、何か出品してくださいね:sad:と言っておきました。)

気になった方は、ぜひぜひ詳細を見てみてくださいね:lol:

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出会い~就職

もしもし、シンです。こんにちは。

わらしべ村

の村長です。

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派遣村を卒業した僕は警備の仕事をしていました。

月給15万だったけど、なんとか生活できたし

何しろ、安定して働けているのが

安心できました。

だから、仕事はきっちりとこなしました。

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そんなある日、

(これは運命とか言っちゃうのかな)

1時期、快く僕を居候させてくれていたリョウすけに会ったんです。

リョウすけは僕が出ていったあとすごく心配していたそうです。

あれだけ、リョウすけの家を出たときに僕が一人ぼっちだと絶望していたのが

遠い昔みたいな気がしました。

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そこで、リョウすけから意外な話が出たんです。

知り合いのベンチャー企業が、人手不足で困っているから

面接を受けてみないかと。

リョウすけも僕のことを心配して、いろいろと声をかけてくれてたんです。

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僕は、リョウすけの好意を受けて

面接を受けて見事に採用されたのが今の会社です。

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いろいろな出会いを経て、

手を差し伸べてもらって

僕はここにいます。

僕に関わってきてくれた方

本当に本当にありがとうございます。

心から感謝いたします。

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ここまでが、僕の自己紹介です。

とても長くなってしまいました。

読んでくださった方ありがとうございます。

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次回はわらしべ村の企画の話に戻りたいと思います。

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派遣村での出来事

もしもし、シンです。こんにちは。

わらしべ村

の村長です。

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僕は新宿を出発して、日比谷公園に向かいました。

何か、僕の生活がいい方向に行く期待を抱いて・・・

“1/31まではあと2日ある。”

途中で、新橋と日比谷のコリドー街で少し休んだりしながら

日比谷公園にたどり着きました。

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そこでは、実行委員会の人が

・医療相談

・就労相談

のほかに、炊き出しやテントを用意してくれていました。

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極度の空腹でお腹がすき過ぎて、空腹すら感じなくなった僕にとって
温かい炊き出しは僕の人生の中で1番おいしいもののように感じました。

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リョウすけの家を出てから、横になって睡眠をとったことはおろか

気が休まらなかったので、

毛布にくるまって横になることができて

その時間は至福のひと時のように感じました。

仕事があったときは、当たり前だったこと!

しかも、その環境を人に用意してもらっているなんて

改めて、僕は驚いたと同時に

ありがたく感じて、ここで人にしてもらったことは無駄にせず

絶対に、絶対に仕事を見つけると思いがふつふつと湧いてきました。

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僕の知る限りで説明すると、僕と同じで集まった人は約500人。

6人で1つの同じテントです。

同じテントで毛布にくるまっていた方は

かなり遠方で3日かけてここまで歩いてきたんだとか・・・

他にも、自殺しようとして保護されてここに警察の方に連れてきてもらった方・・・

奥さんの入院を機に大手の会社を辞めたら、再就職ができなくて

日雇いの仕事を続けていて、

さらにご自分も体調を崩されて仕事ができなくなってしまった方・・・

いろんな方がいました。

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ほとんどの方は、寒い中の野宿生活で体調を崩して

入院や医療相談で医療券をもらって派遣村を出た後も

通院されているそうです。

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幸い、僕は軽度の栄養失調で入院の必要がなく

宿泊相談と就労相談にのってもらいました。

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僕はそこで宿泊施設を手配してもらい、年齢や健康状態のこともあって

すぐに警備の仕事が決まりました。

晴れて、派遣村卒業となったのでした。

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この体験に関しては、お話ししたいこともたくさんあるので

またの機会にお話します。

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新宿へ~ヨドバシカメラで僕が見たもの

もしもし、シンです。こんにちは。

わらしべ村

の村長です。

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行くあてのなくなった僕は、ただただ歩き続けました。

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じっとしていると寒いから・・・

足と膝と腰が痛くて、

でも不思議と歩き続けていると感覚がなくなって

痛さなんか感じなくなった。

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なんとなく歩いてたどり着いたのは、新宿だった

飯田橋から歩いたから結構歩いたのかな?

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社会から隔絶されたことがとにかく不安で、僕は

テレビが見たかった。

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今、にほんがどうなっているのか、東京がどうなっているのか、

この先僕がどうしたらいいのか

とにかく情報が欲しかった・・・

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働いているときは、世の中のことに全く目を向けることなく生きてきた僕が

新聞でも何でもいいから読みたかった。

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新聞なんて、大学の新卒採用でちょこっと読んだくらいだ。

そんな、僕が自分から新聞を読みたいと思う日が来るなんて思ってもみなかった

(残念ながら、必要に迫られてだけれど・・・)

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僕が、いま必要としているもの

・食べ物

・暖をとれる場所

・睡眠

・情報

だった。

この、条件を2つだけ満たす場所を見つけたんだ。

それは、たまたまなんとなく吸い寄せられるように入った

ヨドバシカメラだった・・・

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ヨドバシカメラで座り込むことはできなかったけど、テレビを見ることができたし

店内は暖かかったし、ゲームや電化製品をいじっていると気が紛れた。

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ほんとは、横になりたかったけど

駅のホームでホームレスのおじさんたちが寝てるとこは

怖くて入ることができなかった。

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だから、ヨドバシカメラは少しはほっとできる場所だった。

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なんとなく、僕の行動範囲が決まりつつある中

日雇いでもいいから仕事がしたい、

そういう仕事が果たしてあるのか?

どこにいったらいいのか?

いろいろ疑問だったり、どうしていいか分からずに途方にくれる僕の相談に

のってくれる人がいなかったし

僕の生活は全く明るい方に行く兆しを見せてはくれなかった・・・

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すごく長いことそんな生活をしていた感じはあったけど

ほんの数日たったある日、

僕はいつものように

ヨドバシカメラへ

と、

そこでいつものようにテレビを見ていると、

日比谷公園で

“解雇などで寮を追われ、住むところを失った元派遣社員らを対象に、

約20団体による実行委員会が31日から1月5日まで、

弁護士らによる労働や住宅、生活についての相談を受けるほか、

炊き出しにより200人分の食事を提供。家がない人には宿泊施設を用意する。”

と、年越し派遣村の実行委員会が会見を開いていた。

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そこで、僕の生活は何か変わるかもしれない!

と、僕はそこに向かうことを決めたんです。

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